2014年7月11日金曜日

私の男

映画『私の男』を観た。

非情な自然の狭間に人の宿業が淀む仄暗い共同体から、流氷のように孤立する異端の性愛が仄明るく二人を包んでいる。

二階堂ふみに体の真ん中に風穴を開けられて、まだ塞がらないでいる。待ち受ける過酷な運命を計算して楽しんでいるかのような彼女の知性ある肉体と精神の説得力に全宇宙がひれ伏すだろう。最高の素材を見事に活かしきる熊切監督は、古典的ロマンティシズムの初期衝動を今に蘇らせることに成功している。


芸術と離れてしまう予告編は見せ過ぎである。そのせいで本編の価値を下げているのは業界の課題であろう。集客を意識した悪い予告の典型なので、これから本編観る人は、予告は見ないほうがいい。


性愛を描く傑作『ラストタンゴ・イン・パリ』の絶望は、大陸的な空間を浮遊してパリの空に消え行く開放的で気まぐれな絶望である。それに対して『私の男』の絶望は、絶望が鋭利な刃物のように島国の閉塞社会を垂直に突き刺している。後戻りできない、するつもりもない絶望は、絶望さえも絶望させて、もはや二人だけの残された希望である。性愛で説き伏せる必然的希望へと昇華させ、否定し難い正当な刃となって絶望の息の根を止めている。貫通した部分はまさに、社会から隔絶された二人だけのユートピアである。

『私の男』は、『桐島、部活やめるってよ』同等に、邦画隆盛時代の一つの終着点だ。

ラストシーンは、映画技法の成し得る奇跡である。映画史に燦然と輝くラストシーンであり、未来永劫語り継がれることだろう。



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