2013年7月10日水曜日

Sweet Earth Flower

夕暮れに歩美とキャッチボールした。夏の重たく香ばしい風になびくショートボムの黒髪が金色に艶めいて夕陽に溶け込んでいる。日が沈むと辺りは容赦なく暗闇へと向かい始める。球もだんだん見えなくなる。でも止めない。速度も落とさない。球を追う眼に力が入る。いつ止めたらいいかと決めあぐねながら弾道を見切るマトリックスを真似ている。木柱の白熱灯が色づくと危険領域に突入する。彼女の顔はもう見えない。でも止めない。眼前に迫るかすかな白い物体をグラブで遮るように捕る。左手全体に歩美の命が激しく伝わる。僕はもう速くは投げられない。歩美はか細い女だった。でも彼女は速度を変えない。半ば適当に動かすグラブに勢い良く球が収まる。歩美の涼しい笑い声だけがかすかに聞こえる。もう止めようと言いかける頃に彼女の球は僕の下唇をえぐるように殴打して暗がりの中へ勢い良く消えていった。球は隣家の庭で見つかった。原付バイクのミラーをへし折ったので弁償することになった。家に帰って電気をつけた。急に寂しくなった。それから数年経つが歩美は未だに見つからない。




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