2012年10月15日月曜日

ディア・ハンター



黄昏の街にスタンリー・マイヤーズ作曲のカヴァティーナが染み渡る。映画「ディア・ハンター」のテーマ曲だ。疲れた時はこれを聴きながら熱いコーヒーをすする。疲れがクラシック・ギターの調べに溶け込んで和らいでいく・・・。素朴にゆらぎ流れて傷心に寄り添う刹那な調べ。はかない人間の無常の調べである。観る側が受ける感情を考慮すれば必然の調べであろう。

誰かが言った。「これは観るのではない。体験するのだ」

ロバート・デ・ニーロは役作りのためにオハイオ・バレーの製鉄の街で暮らす人々と6週間寝食を共にした。作り手からして「体験」するのだから、観る側をスクリーンの中に誘うのもまた必然なのだろう。

メリル・ストリープの可憐さが愛おしい。生活感漂うひたむきな美しさに心打たれる。

この「体験」の極めつけはロシアン・ルーレットである。極限状態へ我々をも放り込むリアルな体験がそこにある。ロシアンルーレットは実際になかったが、マイケル・チミノはこのシーンに「戦争」を凝縮し、象徴している。人類史上最低最悪の戦争のナンセンスさを描きながら、犠牲となる生活者の悔しく切ない涙を時間いっぱいに溜めきっていく。

宿命に翻弄さるる流浪の民に今を生きる僕らが重なる。スクリーンから伝わる、厳しき宿命の中で耐えぬく鋼のような愛と友情は、今を生きる僕らへの静かで熱い励ましになる。

この映画で忘れてはならないのはクリストファー・ウォーケンである。野戦病院で両親の出生日を聞かれて情緒が崩壊する。映画が映画で終わらないリアルな体験の一つである。

表現者が学ぶべき曼荼羅がここにある。

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