2012年9月10日月曜日

トム・ウェイツ



男にとっても魅力的に老いることは重要である。魅力的に老いることは高貴な信念を貫いて正しく生きた証であり、男の真の本懐なのかもしれない。キース・リチャーズは「老いることは魅力的だ。老いれば老いるほど、もっともっと老いたくなる」という。

ここに老いてさらに魅力を増す一人の男がいる。黙っていればそれでいい男。頑健さと色気を絶妙な謙虚さで包みながら、富士山並の国民的支持率に支えられた不器用さで日本をさりげなく飾る男。高倉健。

そしてもうひとり、老いても日本のダンディズムを象徴する男がいた。粋に喋ることで照れを隠しながら、立つ鳥跡を濁さず消えていく渡り鳥。実人生の最期も映画のようであった。その存在感故に、ふと強烈な寂しさに襲われることがある。日本人の誰もが愛してやまない男、渥美清。

渥美清はかつてこんなことをいっていた。今は俳優なんかのインタビューなんかで生まれはどこだの、趣味は何だの、以前は何をしていたのだの、実生活の情報を晒すようなことが盛んだけども、そんなものは「謎」という人の魅力の最大の武器を奪ってしまうようなことを語っていた。まさに同感である。失ってはならない普遍的価値があると思う。今は「知る」ことに力が注がれている時代といってもいい。フェイスブックなんてのはその代表格だ。

昔は、英語の教科書の数少ない挿絵なんかで未だ見ぬ大陸へのロマンを掻き立てられたものだが、今はクリック一つで異国の地に住む誰かの一軒家までズームしてしまう。だからといってロマンがなくなるというのは性急であるかもしれない。ここで重要なのは、「知ること」で「知らないこと」の価値を再認識することが大事だということだ。日本人の慎ましさは、世界に誇る文化なのだ。過剰に情報をさらけ出してつながることだけを求めるのは程々にしておきたい。なるべくデジタルではなく、空気を伝わる鼓動を感じていたい。

まれにトム・ウェイツのように、あらゆるものをアナログにエンコードして伝わる音楽がある。僕がトム・ウェイツを聞く理由である。部屋が彼の匂いで満たされていく。彼もまた、老いて魅力を増す一人である。タイムリーな手法で普遍の価値を後世につなぐことも、老いてゆく者の使命なのかもしれない。

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